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夜祭(よまつり)

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夜祭(よまつり)は苦手だった

何処かもの哀しいから

人混みが苦手だから


・・・それから

子供の頃の思い出が

いっぱい詰まっているから


お揃いの浴衣を着た舞台の上

すまし顔で写っている盆踊り

それは父が撮影した数枚の写真


20200809y2.jpg


りんごあめ 綿菓子 金魚すくい

屈託のないわたくしが笑っている


去年どうして母と一緒に

此処に来なかったのだろう・・・

また苦い後悔に襲われる


自然と涙が溢れて

ファインダー越しの画像が霞む


20200809y3.jpg


苦手な筈の人混みが

今宵は何故か懐かしく暖かい


<夜祭の宵に>




※2007年7月5日に

こんな詞を書いたらしくて(苦笑)

下書保存されていました


2007年6月29日撮影の写真は

近所の伊河麻神社の夜祭


父亡き後母とよく出掛けていたのに

2006年は何故か行きませんでした

その年の10月 母は永眠しました


母が亡くなって14年を迎えても

胸の痛みは残ったままです




僕の胸でおやすみ  かぐや姫



「僕の胸でおやすみ」は

亡き母が好きな歌でした・・・







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夏祭り

今年はどこも盆踊りは中止ですね。私の母の実家は郡上踊りで有名な岐阜県郡上八幡です。町の中心に母の実家があり毎年盆踊りには3日間徹夜踊りが行われます。その徹夜踊りの輪の中心に実家があります。子供のころから母に連れられ毎年何度も八幡へ行ってました。跡を私の姉が継ぎましたが残念ながら63歳で亡くなりました。姉生前に江戸時代から続く商家でお茶人でしたのでその為多くの茶道具を残しましたがそれを展示する現「斎藤美術館」を作りましたが姉亡きあとは姉婿さんとはあまり気が合いませんので今は行くことも無くなりました。郡上踊りの中心の踊りは大変悲しい物語が入っております。江戸時代の天下に知れ渡った大一揆が起き、農民が幕府へ直訴(当時は直訴は死罪)するために誰が首謀者判らぬように丸い笠に一人一人署名し、江戸へ向かうために皆と別れを踊りの歌に込めてます。「郡上のなぁ~八幡出てゆくときは雨も降らぬに袖絞る」即ち別れの涙ですね。

NoTitle

こんばんわ♪

子どもの頃、母の里にいるいとこに会いに行くのが夏休みの楽しみでした。

田舎町暮らしの自分が山あいにある母の里に行って、夜夏祭りで盆踊りを踊るのですが、どこかドップリと祭りに浸りきれない そんな気分を味わったものです。
夏祭りは、もうすぐ夏も終わる時期とも重なってどこか感傷的になってしまいます。

Re: 夏祭り

山崎喜雅さま

コメントありがとうございます。

有名な郡上踊りですね。
踊りの中に一揆の悲しい物語が
折り込まれていたのですね。
死罪を覚悟のうえで皆の為に
江戸へ向かう選ばれた人たち
そして彼らを見送る農民たち・・・
想像するだけで心が痛くなります。

随分前ですが郡上八幡に行きました。
夏の暑い日でしたが
城下町の古い街並みと水路を流れる
清らかな水音が心地よかったことを
覚えています。

今年は有名なお祭りも
地元の小さなお祭りも延期ですね。
たとえ自分が参加しなくても
やはりお祭りがないことは
寂しく感じています。

Re: NoTitle

ももPAPAさま

コメントありがとうございます。

子供の頃、いとこさんに会いに行ったという
素敵な想い出があったのですね♪

私は両親とも街中出身でしたので
残念ながらそういう田舎がなくて、
友だちのお母さんの生まれ故郷へ
連れて行ってもらったことが
懐かしい想い出です。

夜祭は何処かしら喧噪の中に
一抹の寂しさがあるように思います。
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